谷岡隆(たにおかたかし) 習志野市議会議員

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大久保地区公共施設再生-集約対象施設跡の利活用を考えるワークショップ・話合いの成果発表会

23日午前、習志野市主催の「大久保地区公共施設再生-集約対象施設跡の利活用を考えるワークショップの『話合いの成果発表会』」が、千葉工業大学で開催されました。

ワークショップの各グループの発表内容と資料は、習志野市HPで公表されると思いますので、詳しくはそちらをご覧ください。
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ワークショップ参加者が個々にどう考えているかはわかりませんが、「市長や市担当者、総合ファシリテーターの実績づくり・実績宣伝に都合よく利用されてしまったな・・・」というのが、最も強い私の感想でした。

発表会において、主催者・総合ファシリテーターのキーワードとなったのが「民(private)の力」。ワークショップの各グループのキーワードとなったのが「財政支援はない」でした。ここでちょっと経済学・財政学的な話をしてみます。

PPP/PFIを推進する新自由主義路線の人達は、教育・福祉の公共施設を縮小・廃止し、市場原理と私有(民営)にゆだねようとしています。

スーパーマーケットなどの小売業などは、市場メカニズムの方が効率的な資源配分を追求できる部分があるでしょう。しかし、教育・福祉の分野、従来の公共施設についてはどうか?

PPPを掲げる人達は、うまくやれば「市場の失敗」は生じないという仮説のもとに行動しているようです。このような仮説は、財政による再分配機能と資源配分機能は不必要という結論を導き出します。習志野市の「集約対象施設跡の利活用」も、この発想のもとで推進されています。

このような新自由主義路線の発想に対し、若い世代の一つの考え方として、自由と民主主義のための学生緊急行動(シールズ)の財政論の一部をご紹介します。全文は、こちら(シールズのウェブページ)をご覧ください。

私たちは、自由と民主主義に基づく政治を求めます。

SOCIAL SECURITY
私たちは、持続可能で健全な成長と公正な分配によって、人々の生活を保障する政治を求めます。(中略)いま求められているのは、国家による、社会保障の充実と安定雇用の回復を通じた人々の生活の保障です。(中略)長期的にみれば、安定した社会保障や雇用保障の実現は国民の生活を守るだけでなく、健全な経済成長をもたらす基盤ともなるはずです。

私たちが望むのは、格差の拡大と弱者の切り捨てに支えられたブラックな資本主義ではなく、豊かな国民生活の実現を通じた、健全で公正かつ持続可能な成長に基づく日本社会です。私たちは、多くの国民の生活を破壊しかねない現政権の経済政策に反対します。そして、公正な分配と健全な成長政略を尊重する政治を支持します。

より細かい政策は記載されていませんが、財政の三大機能のうち、再分配機能と資源配分機能の強化を重視する内容です。

習志野市長の方針はPPP/PFIの推進。総合ファシリテーターの話によると、今回のワークショップでは、「民(private)の力」で集約対象施設跡(廃止された公共施設の跡)を運営することが大前提とされたそうです。

このような前提条件を付すと、「民の力」=私企業の導入、「稼ぐ」=市場原理の導入、「ボランティア」=非専門・無賃金労働の導入・・・という結論へたどり着かざるをえません。

儲けている大企業や富裕層への応能課税と、それを財源にした教育・福祉サービス、教育・福祉施設の維持管理といったやり方が、シールズのように再分配機能と資源配分機能を重視する若い世代の一つの考え方です。

ところが、習志野市の「公共施設再生」に関するワークショップ等の開催は、そのような考え方を始めから排除したうえで進められています。

若い世代が「格差の拡大と弱者の切り捨てに支えられたブラックな資本主義」を乗り越えようとしているなか、それに関連する財政のあり方も問われているのではないでしょうか。

「格差の拡大と弱者の切り捨て」を防止するものの一つが、教育・福祉サービスです。そのサービスが提供される公共施設の未来を考えるとき、財政のあり方を含めた議論もすべきです。

今回の発表会において、市担当者や総合ファシリテーターは、「市民」が自由に議論したかのように演出していました。しかし、実際は、市の財政政策や施設統廃合の是非には触れないように縛り(前提条件)をかけたうえでのワークショップ開催でした。行政側の許容範囲の結論しか出せない「議論」に自由はありません。

籠をつくっておいてから、そのなかだけで議論をさせる。それを「市民参加」であるかのように演出する。そのようなやり方に、気分が悪くなりました。




「民」って何?・・・「private」と「citizen」

今回の発表会では、PPP/PFIの文脈で登場する「P=Private」について、主催者・総合ファシリテーターは「民」と翻訳して使っています。

しかし、経済の「private sector」や「private finance」は、「people(人民)」 「citizen(市民、公民)」「resident(住民)」とは異なる概念です。

そこで私は、「P=Public」は「公共」、「P=Private」は「私(経済の私的部門)」と翻訳して使っています。この方が経済学・財政学的に正確な議論ができるように思います。

主催者・総合ファシリテーター側は、「private」と「citizen」をわざとゴチャ混ぜにしているように感じました。
by takashi_tanioka | 2016-01-23 23:40 | 公共施設再生 | Comments(0)

日本共産党市議としての活動日誌をメインに、日々の思い、家族のこと、研究活動などをご紹介します。


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