谷岡隆(たにおかたかし) 習志野市議会議員

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トランプで世界はどう変わるか-社会主義理論学会

c0236527_15522744.jpg29日午後、社会主義理論学会第28回研究集会に参加しました。統一テーマは「トランプで世界はどう変わるか」で、大西広さん(慶應義塾大学教授)、岩田昌征さん(千葉大学名誉教授)、瀬戸岡紘さん(駒澤大学名誉教授)、村岡到さん(NPO法人日本針路研究所、「フラタニティ」編集長)が討論者として報告しました。

所用のため、途中参加となり、すべての報告を聴くことができませんでした。正確に要約する自信がないので、各氏の報告内容については、社会主義理論学会HPに掲載予定の会報(次号)をご覧ください。

一つ印象に残ったのが、瀬戸岡さんの報告で説明された「近代の基本思想」でした。

「近代の市民社会とは、自立した諸個人が、緩やかに結合する社会でなければならない」

「自立した個人とは、自分で考え、自分で行動し、自分で責任がとれる人のこと」

「そのために個々人は、自由(Liberté)で平等(Égalité)であるばかりでなく、相互に支えあっていかなくてはならない(Fraternité)」

これらは、アメリカ独立宣言・憲法にも、フランス革命の精神・国旗にも体現されているということです。

ところが、諸個人が支配する側と支配される側に分けられるのが「資本主義」の現実です。それに対する怒りが、マルクスに「資本論」を書かせたのではないか、というのが瀬戸岡さんの説明でした。

流行語のように使われる「市民」という概念を、科学的社会主義の文脈の中で、どのように理解すればよいのか悩んでいた私としては、ヒントとなる話でした。これからも考えを深めていきたいです。





「NATO大空爆記念日」について

今回の討論者の一人である岩田昌征先生は、私の大学・大学院の指導教官でした。現在は、社会主義理論学会や比較経済体制学会で会うくらいです。

ウェブページ「ちきゅう座」に掲載されている評論・意見は、ほとんど読んでいます。そのなかで、一部事実と異なると思ったことがあったので、岩田先生と話をしました。
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それは、4月1日付の「NATO大空爆記念日」の記事(全文)です。次の文章が気になりました。

NATO空爆当時を振りかえると、日本市民社会の大部分、リベラルもレフトもセルビア悪玉論であって、NATO空爆肯定論であった。私が知る例外は、新右翼の一水会と新左翼の小党派「戦旗」派ぐらいであった。

1999年当時、私は日本共産党に入っていませんでしたが、「しんぶん赤旗(日刊紙)」は購読していました。日本共産党は連日、NATOによるユーゴスラヴィア空爆を「蛮行」と批判していましたし、それを容認する日本政府を国会で批判していたことを記憶しています。

また、他党派についても、NATO空爆批判をしていたのは戦旗派だけではありませんでした。

私が岩田先生に記事の訂正を求めたところ、「確かに空爆批判はあったが、そのなかでも『セルビア悪玉論』が主流だった」という見解でした。

また、元日本共産党機関紙特派員だった千田善さんの著作=日本共産党の見解とも思っていたようです。しかし、千田さんの著作は日本共産党を代表するものではないと私は考えていますし、日本共産党の公式見解を知るためには機関紙(しんぶん赤旗)を調べなければならないでしょう。

「坂本義和・東京大学教授」の「空爆肯定」論にしても、坂本教授が日本の「平和主義者」を代表している訳ではありません。日本原水協や日本AALAなどの市民団体は空爆批判をしていました。

ユーゴスラヴィアやポーランドの研究においては、現地の様々な発行物を丹念に読み、様々な人から話を聴いて分析・評論をするのが岩田先生のすごいところですが、今回のような日本国内の「リベラル」「レフト」の評価については疑問をもちます。ただ、私の批判をきちんと聴いていただけたのは良かったです。

日本共産党のコソヴォ紛争の理解は、すべてが正しかったかどうかはわかりませんが、セルビア政府とアルバニア系テロリスト(コソヴォ解放軍)の両方を批判しており、「セルビア悪玉論」とまでは言えなかったと、私は考えています。

以下、空爆当時の「しんぶん赤旗」の記事の一部を転載します。

◆コソボ紛争最近の経過(1999年3月25日)〔抜粋〕

~昨年二月からランブイエ交渉まで コソボ紛争は昨年初めから急速に激化しました。アルバニア系住民の過激派が組織した「コソボ解放軍」(KLA)がコソボの独立を主張して武装闘争を激化させたのにたいして、ユーゴのミロシェビッチ大統領が本格的掃討作戦を始めたためです。このなかで、二千人以上が死亡、避難民は四十万人以上にのぼるといわれます。~

◆主張/ユーゴ空爆 無法な攻撃やめ交渉再開を(1999年3月27日)〔全文〕

NATO(北大西洋条約機構)がユーゴスラビアへの空爆を始めました。一日だけで数十人の市民が死傷しました。主権国家にたいする一方的軍事攻撃であり、国際的に許されない蛮行です。

コソボ問題とは、ユーゴスラビア南部のアルバニア系住民が九割を占めるコソボ自治州で、住民の自治確立・独立の要求への対処が問われてきた問題です。近年、ユーゴ政府とアルバニア系住民の対立が激化し、多数の市民が殺され、難民が流出するなど事態は深刻化してきました。正当化できない戦争行為 問題の平和的解決のために、適切な国際的支援がなされるのは当然でしょう。しかし、外部から解決策をおしつけ、それを受け入れないからといって、大規模な軍事攻撃をくわえるというのは、事態をさらに複雑にするだけでなく、戦火をいっそう拡大し、多数の市民に被害を与えることになるのは必至です。

NATO軍の行動は、国連憲章のどの条項、どの国連決議、国際法によっても正当化できるものではありません。

昨年九月、国連安保理はコソボ内部での停戦、問題の政治解決などを求めた決議一一九九号を採択しました。その後ユーゴ側は同決議の履行と問題解決のための交渉開始を約束し、欧州安保協力機構(OSCE)の非武装要員のコソボ派遣などを受け入れました。同決議には、事態解決のための「さらなる行動と追加措置」のことばもありますが、武力行使を認めたものではなく、ましてNATOに特定の権限など与えたものでもないことは、文言からも当時の安保理の論議からも明白です。

「他に方法がない」とNATO側はいいます。しかし、安保理決議以降、米英仏ロ独伊の連絡調整グループの仲介で和平交渉がすすむもと、一定の合意の可能性も指摘されていました。最後の問題は、和平実現後のコソボに、欧米側が、NATO軍あるいは同軍中心の多国籍軍の配備を求めたのにたいして、ユーゴ側が「外国軍の駐留は認められない」と拒否したことにあったといいます。

こうした経過は、むしろ双方が誠意をもってさらに交渉をつづけるべきであったことを示しています。

今回の事態の根本にある問題は、軍事力で他国を屈服させ、そのために、軍事同盟を使い、その軍事同盟の域外の出来事にも公然と介入するというやりかたです。米政府は「NATOは国連の決議の枠外で行動できる」(ベーコン国防次官補)といい、NATO自身は「域外でも行動しうる」(ソラナ事務総長)と公言していました。国連憲章も国連決議も無視する、このような覇権主義は、今日の国際社会では絶対に容認すべきではありません。

国連安保理でも、ロシア、中国などが、武力行使の即時中止と政治解決をきびしく要求しています。米国内でも「セルビアは国際人道法を侵害しているが、NATOの領域を脅かしているわけではない。なぜNATOが介入するのか」「NATOは国連ではない」(米『フォーリン・アフェアーズ』誌ジョナサン・テッパーマン副編集長)との批判の声があがっています。米議会内や米国民世論、また欧州諸国でも武力行使反対の声は強まっています。

NATOは軍事攻撃をただちにやめ、すべての当事者が「国連憲章に定められた紛争の平和的解決の原則にもとづき、和平交渉での合意達成に向けてねばりづよい努力をつづける」(日本共産党の志位書記局長談話)べきです。小渕内閣は、NATOの行動を「理解する」と表明しましたが、米国に追従せず、国際正義と道理に立って、平和的解決のために貢献する必要があります。

以上です。私はNATO空爆の翌年、首都ベオグラードを含むユーゴスラヴィアを個人的に旅行しました。破壊されたビルや橋など、爆撃の跡が生々しく残っていました。

NATOが「正義」を振りかざし、軍事施設だけでなく、一般市民が居住する地域の建物も容赦なく爆撃したのは、まさに蛮行です。

ほかにも、NATOを厳しく批判する市民団体・政党の声明はあると思いますが、調べきれていません。機会があれば、より深く調べてみたいです。

セルビアにとって、アルバニア系住民が多数を占めていても、コソボは「歴史的な領土」でした。同様に、日本にとっての「歴史的な領土」である千島列島には、ロシア系などの住民が多数住んでいます。住民自治・民族自決の問題を解決するのは、とても難しいことです。

by takashi_tanioka | 2017-04-29 23:40 | 社会科学研究 | Comments(0)

日本共産党市議としての活動日誌をメインに、日々の思い、家族のこと、研究活動などをご紹介します。


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