
10月末から12月にかけて体調を崩したり忙しかったりで、ブログの更新をまったくしていませんでした。
書くネタと写真は貯めてあったので、後日まとめて書くという山下清さんの日記のような感じで、この期間のことは今後アップしていきます。
差出人を見ると「池田嘉郎」の名前。「どこの池田さんだろう?」と思って本を開いたら、著者本人の謹呈の手紙が入っていてびっくりしました。
専門分野は歴史学(ロシア史)と経済学(比較体制論)とで別ですし、出入りしている学会も別ですから、普段は全くお付き合いがありません。手紙を読むまで著書が送られてきた理由が全くわかりませんでした。
手紙を読んでみて、8年前の私のブログを読んでいてくれたことがわかりました。この頃は、池田さんが著した『ロシア革命-破局の8か月』(岩波新書)に反発してブログに感想を書いたり、それでも本人の話を聴いてみないと・・・と思って講演会に行ってみたりした時期でした。
このとき、池田さんが「左翼は戦争反対と言いながら○○戦線といった軍事用語を好む」と発言したのに対し、講演後に池田さんのところへ行き、「現代日本では左右関係なく、選挙立候補を『出馬』、選挙初日の式典を『出陣式』と言ったりする。政治活動や選挙運動が戦争に例えられるのはよくあることであり、『左翼は軍事用語を好む』というのは偏見ではないか」と嚙みついたことを記憶しています。池田さんは覚えているかどうか・・・。
何はともあれ、こんな弱小ブログの8年前の記事を気にかけていただいていたとは、ありがたいことです。
議会中であり、送っていただいた本はほとんど読めていません。プロローグ「現代ロシアでソ連帝国を想起する」でソ連国歌が現代ロシアの国歌に引き継がれたこと、歌詞は昔と同じセルゲイ・ミハルコフが書いたことから始まり、ソ連と現代ロシアの連続する側面については共感を覚えました。ただ、私はレーニンとスターリンの間に一定の断絶があったとする和田春樹チックな人間なので、そこは池田さんと大きく異なるところでしょう。
何で8年もたってから著書が送られてきたのだろうかと考えていたら、プロローグにヒントがありました。ソ連史をつらぬく連続した国家像として「家族的な共同体(家族共同体)」が歴代指導者に引き継がれてきたとする説を池田さんが本書で打ち出しており、それを谷岡に読ませたかったのかなと思いました。
ただ、プロローグを読んだだけでは、100を超える民族が暮らす多民族国家であり、歴代指導者もロシア人とは限らなかったソ連において「家族的な共同体」という像が共有できるものなのだろうかと疑問に思いました。また、1943年まで「インターナショナル」がソ連国歌とされてきたこととも嚙み合うのだろうか。12月議会が終わったら、第1章以降の本論をじっくり読んでいきたいと思います。
さて、かつて私がロシアを訪問していた頃は、ソ連解体と経済崩壊でボロボロだった時期でした。だらしないエリツィンに代わりプーチンが登場し、彼がオリガルヒ(新興財閥)と対決する姿に好感がもてた時代でした。
市議会議員になってからはロシア・東欧を訪問する機会がなくなり、現代ロシアの生の姿を見ることができなくなりました(行ってみたくても、金も時間もありません)。池田さんには申し訳ないのですが、近年は池田さんの著作もほとんど読んでいませんでした。これを機にロシア近現代史を少しふりかえってみたいと思います。
上記のことと関係はありませんが、習志野高校吹奏楽部が第32回全日本マーチングコンテストに出場したときの冒頭の曲が、偶然にも「ロシア国歌」でした。下のYouTubeをご覧ください。
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