谷岡隆(たにおかたかし) 習志野市議会議員

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2018年 09月 14日 ( 2 )

14日夕方、映画「沖縄スパイ戦史」を観た後、新宿区大久保の高麗博物館へ行きました。企画展「関東大震災95年 描かれた朝鮮人虐殺と社会的弱者-記憶・記録・報道-」が開催されています。許可をもらって、会場の一部を撮影しました。
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高麗博物館は「市民がつくる日本とコリア交流の歴史博物館」。認定NPO法人で運営されています。

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9月議会の一般質問で「関東大震災時の朝鮮人虐殺」を取り上げるにあたり、千葉県における関東大震災と朝鮮人犠牲者追悼調査実行委員会の方々に話を伺うなか、この企画展の案内をいただきました。

この企画展のパンフレットをいただき、一般質問で参考にしました。
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朝鮮人虐殺の現場を生々しく描いた絵が、童画家・河目悌二が描いたと思われる「朝鮮人虐殺の図」です。展示を観たいと思っていました。展示は複製であり、原画は国立歴史民俗博物館に収蔵されています。

このほか、様々な画家や文化人が朝鮮人虐殺の愚を絵にしたり、日記や随筆などで残しています。

朝鮮人のほか、中国人や社会主義者の虐殺、朝鮮人と間違えて殺された聴覚障がい者(ろう者)や被差別部落の売薬行商人など社会的弱者の犠牲も展示・説明されていました。

虐殺は、単に災害時の「流言蜚語」が生んだものではなく、朝鮮人、中国人、被差別部落民への差別意識、権力者による社会主義運動や朝鮮独立運動への弾圧などによって生み出されたことが、様々な資料からわかります。

この企画展は、「しんぶん赤旗(日刊)」の9月1日付の「きょうの潮流」でも紹介されていました。このコラムを読んで訪れた人も少なくないようです。コピペですが、ご紹介します。

生き証人が少なくなりいなくなっても、日本人が決して忘れてはならない出来事があります。1923年9月1日の関東大震災の直後に起きた朝鮮人虐殺はその一つです▼「描かれた朝鮮人虐殺と社会的弱者-記憶・記録・報道」展が、いま市民がつくる「高麗博物館」(東京・新宿区)で開かれています。「美人画」や「宵待草」の詩で知られる竹久夢二は、震災の翌日から東京の街をスケッチして歩き、「東京災難画信」を当時の都(みやこ)新聞に連載しました▼日本刀やとび口、竹やりを手にして通行人を問い詰め、朝鮮人と見れば追いまわして殺害に及んだ「自警団」。社会が騒乱するなか「朝鮮人が放火をして暴れている」などと流言し、デマを拡散したのは旧内務省であり警察官でした▼子どもたちの間にもはやった「自警団ごっこ」を、夢二は「子供達よ、棒切をもって自警団ごっこをするのはもう止めましょう」とたしなめています▼虐殺の現場を生々しく描いた水彩画も。頭と顔から鮮血が滴るはんてん姿の男に凶器で切りつける数人、後ろ手の男に銃剣をつきつける兵士たち・・・。「無残に殺された朝鮮の仲間たちよ」と呼びかけた壺井繁治の詩「十五円五十銭」の展示もあります▼小池百合子都知事は今年も関東大震災の朝鮮人犠牲者の追悼式に追悼文を送らないと主催者に伝えました。行政の長が加害の史実に背を向ける姿勢は民族差別をあおる風潮にもつながります。歴史に刻まれた人間の愚かな行為。くり返すわけにはいきません。

企画展では、八千代市の高津山観音寺における関東大震災慰霊祭も紹介されていました。→今年9月の慰霊祭

by takashi_tanioka | 2018-09-14 23:40 | 憲法・人権・反戦平和 | Comments(2)
14日、議会日程に1日空きができたので、話題のドキュメンタリー映画「沖縄スパイ戦史」を観ました。ポレポレ東中野で、9月21日まで上映しています。

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c0236527_13291186.jpg2人のジャーナリストによる作品です。一人は「標的の村」「戦場ぬ止み」「標的の島 風かたか」の三上智恵監督。もう一人の大矢英代監督が、まったく偶然なのですが、船橋東高校の先輩で日々お世話になっている知人の娘さんでした。

「娘が映画監督をして、日曜版の取材を受けた。載っているかな~」と気にしていました。そうしたら、7月22日号の「しんぶん赤旗 日曜版」にインタビュー記事が大きく出たので、私も驚きました。

沖縄戦における少年兵について、2015年にNHKスペシャル「あの日、僕らは戦場で-少年兵の告白」で放送されていたことは、何となく記憶にあったのですが、あまり関心がなくて見ていませんでした。

私にとって少年兵と言えば「鉄血勤皇隊」のイメージが強く、陸軍中野学校出身の青年将校が組織した「護郷隊」のことは、映画を観るまで意識していませんでした。

調べてみたら、「しんぶん赤旗」で複数回取り上げられていました。きちんと読んでおかなければ・・・と反省です。




映画で描かれた「陸軍中野学校出身者の沖縄配置」「護郷隊の少年兵」「波照間島民の戦争マラリア」などは、今年5月に出版された川満彰「陸軍中野学校と沖縄戦」(吉川弘文館)に詳しく載っています。

著者は、名護市教育委員会文化課市史編さん係の川満彰さん。映画にも登場していました。映画館で本を販売していたので購入しました。
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前半の「護郷隊」の内容については、時間制限がある映画よりも川満さんの著書の方が詳しいと感じました。しかし、戦争当時の様子、当事者や遺族の証言は、映像・音声の方が生々しく心に伝わってきます。

多数の住民をマラリアへ追い込んだ波照間島の陸軍中野学校出身者の話など、映画後半の大矢監督の取材の掘り下げに感心しました。新たな証言を引き出し、強制移住とマラリア地獄、住民の相互監視と「スパイ」殺害の悲劇などを描いていきます。

多くの住民を死に追い込んでいった青年将校たちの思想と行動、その背後にある軍隊の本質を、三上監督と大矢監督が厳しく追及します。その描き方は、川満さんの著書とは違うものもあります。

日本軍の計画によれば、仮に本土決戦となれば、本土でも同じことを行なう考えでした。「軍隊は住民を守らなかった」という実態がよくわかるドキュメンタリー映画です。千葉県でも自主上映会があればと思いました。



初めて行った「ポレポレ東中野」
by takashi_tanioka | 2018-09-14 23:30 | 憲法・人権・反戦平和 | Comments(0)

日本共産党市議としての活動日誌をメインに、日々の思い、家族のこと、研究活動などをご紹介します。


by takashi_tanioka