谷岡隆(たにおかたかし) 習志野市議会議員

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カテゴリ:憲法・人権・反戦平和( 189 )

c0236527_17021599.jpg2019年は、婦人参政権運動を率いた「新婦人協会」創立から100年にあたります。

26日、サンロード津田沼6階で講演会「男女平等はどこまで進んだのか?」が開催されました。習志野女性史聞き書きの会・史の会の主催、ハミングフォーラム習志野の共催です。

講師は、国連女性差別撤廃委員会前委員長の林陽子さん(弁護士)。副題は「女性差別撤廃条約は私たちのものになっているの?」でした。その主張は「しんぶん赤旗」でも取り上げられています。


講演は「日本のジェンダー・ギャップ指数は、144か国中、110位(2018年)であり、G7で最下位」という指摘から始まりました。

「この統計が始まった2006年には、日本は80位、フランスは70位だった。その後、日本は順位を下げ続け、114位(2017年)、110位(2018年)と低迷。フランスは上昇を続け、11位(2017年)、12位(2018年)となり、G7では1位」とのことです。

この現状に対し、「政治参画」「労働・起業など経済的エンパワメント」「教育」「健康」「税制・社会保障」「女性に対する暴力」「性の商品化と少女に対する性的搾取」「複合的な差別」「家族法・家族関係」「ジェンダー・ステレオタイプ(性別役割分業)が支える差別」の各面から話がされました。

そして、「意識、慣習、慣行を変えることも国の役割だとするのが『女性差別撤廃条約』である」としました。

日本のジェンダー・ギャップ指数が低いことは知っていましたが、近年こんなに順位が下がったことは意識していませんでした。私は途中参加でしたが、勉強になった講演会でした。
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by takashi_tanioka | 2019-01-26 23:30 | 憲法・人権・反戦平和 | Comments(0)
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1月は、JR津田沼駅南口において16日午後3時から実施。私は所用のため、遅れて参加しました。写真は私と市川寿子・前習志野市議です。
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今後も、署名活動とリレートークを中心に、月一回のペースで共同行動を組んでいきます。

※20日にアップしました。

by takashi_tanioka | 2019-01-16 23:40 | 憲法・人権・反戦平和 | Comments(0)
13日昼、陸上自衛隊習志野演習場における第1空挺団の降下訓練始めに米軍が3年連続で参加することに対し、抗議と中止を求める宣伝がJR津田沼駅北口で行われました。

主催は、市民団体「パトリオットミサイルはいらない!習志野基地行動実行委員会」。日本共産党の地方議員も参加しました。

昨年は、日本共産党が抗議宣伝を呼びかけ、パトリオットミサイルはいらない!習志野基地行動実行委員会、戦争はいやだ!オール習志野行動、市民ネットワークふなばしなども参加する形で行なわれました。

今年は、市民団体が呼びかける形で日本共産党も参加しました。市民団体、超党派の議員による街頭行動が続くのは良いことだと思います。

海外で軍事行動の先頭に立つ米軍部隊と自衛隊が協力する訓練です。参加した市民団体、議員がリレートークをしました。

私は、戦前の軍郷習志野からアジア諸国へ多くの将兵が送り出され、支配と差別につながっていった「負の歴史」を繰り返してはならないと訴えました。
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日本共産党船橋市議団からは、金沢和子議員が参加しました。
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元自衛隊員の井筒高雄さんも参加して訴えました。
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近くで、従米右翼の団体がハンドマイクを使った妨害の野次を盛んにしていました。”アメリカさん、ありがとう”みたいな野次には笑えました。

私の横にいた人達は「昔は勉強している右翼の論客もいたが、今日のはただのチンピラだね」「ああいう人達から応援されている安倍政権は嘆かわしい」と言っていました。

街頭宣伝後、JR津田沼駅北口と新京成・新津田沼駅の間をデモ行進しました。このルートのデモ行進は初参加でした。主催団体の行動力に敬服しました。
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この日、他の日本共産党議員は、降下訓練始めの現地に行っていました。私は昨年、現地へ行きましたが、今年は街頭行動への参加としました。




※20日にアップしました。

by takashi_tanioka | 2019-01-13 23:40 | 憲法・人権・反戦平和 | Comments(0)
c0236527_08224635.jpg12日午後、安保関連法に反対するママの会@ちば、武器見本市に反対する会、九条の会・千葉地方議員ネットの3団体合同で、幕張メッセでの武器見本市の中止を求める宣伝をJR津田沼駅北口で行ないました。

合わせて、安倍9条改憲反対、戦争法廃止の訴えをしたり、シール投票をしたり、安倍9条改憲NO! 憲法を生かす全国統一署名(3000万人署名)の署名活動をしたりしました。

JR津田沼駅北口は、船橋市や習志野市のほか、多くの人が通行します。私も次男を連れて参加。仕事帰りの妻も立ち寄りました。
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多くの市民、地方議員が参加しました。妹のマジシャンLiLeeもコラボで参加し、宣伝の冒頭、中盤、終盤の3回、街頭でマジックを披露しました。好評でした。
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リレートークでは、習志野市民の発言もありました。市議会議員として、入沢俊行議員と私があいさつをしました。
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こういう街頭宣伝は、私は初めてでした。私自身は当日参加だけでしたが、良い取り組みと思いました。企画した皆さん、ありがとうございました。

※20日にアップしました。

by takashi_tanioka | 2019-01-12 23:40 | 憲法・人権・反戦平和 | Comments(0)
10日、習志野市日本共産党後援会主催の日帰り旅行会。いろいろな人が参加しました。わが家は、妻が仕事だったため、子ども3人と祖母(妻の母)といっしょに参加しました。

今年の行き先は千葉県内の館山方面。まずは、館山海軍航空隊赤山地下壕跡へ行きました。
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私が赤山地下壕に来るのは2度目です。10年以上前、市民団体(千葉県平和委員会だったかな?)主催の見学旅行で、かにた婦人の村と合わせて見学しました。当時と比べ、見学コースはきれいに整備されていました。

地下壕の見学後、NPO法人安房文化遺産フォーラムの池田恵美子事務局長の講演を聴きました。施設見学だけではわからない歴史がわかり、勉強になりました。
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館山海軍航空基地は、空母艦載機の離発着訓練、中国・重慶などへの無差別爆撃、真珠湾攻撃の訓練に使われました。館山市は軍事施設が多く、敗戦直後に本土で唯一、米軍による4日間の直接軍政が敷かれました。

NPO法人安房文化遺産フォーラムのウェブページを参考にご覧ください。→こちら

相浜組合直売所「浜のいそっぴ」で昼食。1500円でボリュームある海鮮バーベキューでした。午後は、崖観音(大福寺)へ行きました。
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帰路、鋸南町の道の駅「保田小学校」に寄りました。廃校となった町立保田小学校がリファインされ、2015年12月に「道の駅」として生まれ変わりました。
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子ども3人連れで疲れましたが、良い旅行でした。このところ「面倒くさい、行きたくない」が多い長男も、戦争遺跡や文化財を興味をもって見ていました。

後援会旅行は、例年ほぼ土曜日です。新聞配達(日刊)の担当日なので、朝はたいへんです。旅行から帰ってきて、祖父母宅に子ども達を預け、習志野市学童保育連絡協議会(市連協)の定例会会場へ。クタクタの一日でした。

by takashi_tanioka | 2018-11-10 23:30 | 憲法・人権・反戦平和 | Comments(0)
c0236527_06283410.jpg3日は、日本国憲法の公布から72周年の日。「改憲発議をストップさせよう」「憲法を守り生かそう」と訴える行動が全国各地で行われました。


辺野古新基地を造らせないオール沖縄会議の代表、市民団体の代表、4野党の国会議員などがスピーチし、「市民と野党が連携してたたかえば、安倍政権を打倒できる」と訴えました。

会場で、習志野市からの参加者に合流しました。市民団体「戦争はいやだ!オール習志野行動」を中心に参加者が集まっていました。
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1万8千人が国会前に集まりました。歩道からあふれた人が、緑地側に広がっていました。
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by takashi_tanioka | 2018-11-03 23:30 | 憲法・人権・反戦平和 | Comments(0)
14日夕方、映画「沖縄スパイ戦史」を観た後、新宿区大久保の高麗博物館へ行きました。企画展「関東大震災95年 描かれた朝鮮人虐殺と社会的弱者-記憶・記録・報道-」が開催されています。許可をもらって、会場の一部を撮影しました。
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高麗博物館は「市民がつくる日本とコリア交流の歴史博物館」。認定NPO法人で運営されています。

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9月議会の一般質問で「関東大震災時の朝鮮人虐殺」を取り上げるにあたり、千葉県における関東大震災と朝鮮人犠牲者追悼調査実行委員会の方々に話を伺うなか、この企画展の案内をいただきました。

この企画展のパンフレットをいただき、一般質問で参考にしました。
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朝鮮人虐殺の現場を生々しく描いた絵が、童画家・河目悌二が描いたと思われる「朝鮮人虐殺の図」です。展示を観たいと思っていました。展示は複製であり、原画は国立歴史民俗博物館に収蔵されています。

このほか、様々な画家や文化人が朝鮮人虐殺の愚を絵にしたり、日記や随筆などで残しています。

朝鮮人のほか、中国人や社会主義者の虐殺、朝鮮人と間違えて殺された聴覚障がい者(ろう者)や被差別部落の売薬行商人など社会的弱者の犠牲も展示・説明されていました。

虐殺は、単に災害時の「流言蜚語」が生んだものではなく、朝鮮人、中国人、被差別部落民への差別意識、権力者による社会主義運動や朝鮮独立運動への弾圧などによって生み出されたことが、様々な資料からわかります。

この企画展は、「しんぶん赤旗(日刊)」の9月1日付の「きょうの潮流」でも紹介されていました。このコラムを読んで訪れた人も少なくないようです。コピペですが、ご紹介します。

生き証人が少なくなりいなくなっても、日本人が決して忘れてはならない出来事があります。1923年9月1日の関東大震災の直後に起きた朝鮮人虐殺はその一つです▼「描かれた朝鮮人虐殺と社会的弱者-記憶・記録・報道」展が、いま市民がつくる「高麗博物館」(東京・新宿区)で開かれています。「美人画」や「宵待草」の詩で知られる竹久夢二は、震災の翌日から東京の街をスケッチして歩き、「東京災難画信」を当時の都(みやこ)新聞に連載しました▼日本刀やとび口、竹やりを手にして通行人を問い詰め、朝鮮人と見れば追いまわして殺害に及んだ「自警団」。社会が騒乱するなか「朝鮮人が放火をして暴れている」などと流言し、デマを拡散したのは旧内務省であり警察官でした▼子どもたちの間にもはやった「自警団ごっこ」を、夢二は「子供達よ、棒切をもって自警団ごっこをするのはもう止めましょう」とたしなめています▼虐殺の現場を生々しく描いた水彩画も。頭と顔から鮮血が滴るはんてん姿の男に凶器で切りつける数人、後ろ手の男に銃剣をつきつける兵士たち・・・。「無残に殺された朝鮮の仲間たちよ」と呼びかけた壺井繁治の詩「十五円五十銭」の展示もあります▼小池百合子都知事は今年も関東大震災の朝鮮人犠牲者の追悼式に追悼文を送らないと主催者に伝えました。行政の長が加害の史実に背を向ける姿勢は民族差別をあおる風潮にもつながります。歴史に刻まれた人間の愚かな行為。くり返すわけにはいきません。

企画展では、八千代市の高津山観音寺における関東大震災慰霊祭も紹介されていました。→今年9月の慰霊祭

by takashi_tanioka | 2018-09-14 23:40 | 憲法・人権・反戦平和 | Comments(2)
14日、議会日程に1日空きができたので、話題のドキュメンタリー映画「沖縄スパイ戦史」を観ました。ポレポレ東中野で、9月21日まで上映しています。

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c0236527_13291186.jpg2人のジャーナリストによる作品です。一人は「標的の村」「戦場ぬ止み」「標的の島 風かたか」の三上智恵監督。もう一人の大矢英代監督が、まったく偶然なのですが、船橋東高校の先輩で日々お世話になっている知人の娘さんでした。

「娘が映画監督をして、日曜版の取材を受けた。載っているかな~」と気にしていました。そうしたら、7月22日号の「しんぶん赤旗 日曜版」にインタビュー記事が大きく出たので、私も驚きました。

沖縄戦における少年兵について、2015年にNHKスペシャル「あの日、僕らは戦場で-少年兵の告白」で放送されていたことは、何となく記憶にあったのですが、あまり関心がなくて見ていませんでした。

私にとって少年兵と言えば「鉄血勤皇隊」のイメージが強く、陸軍中野学校出身の青年将校が組織した「護郷隊」のことは、映画を観るまで意識していませんでした。

調べてみたら、「しんぶん赤旗」で複数回取り上げられていました。きちんと読んでおかなければ・・・と反省です。




映画で描かれた「陸軍中野学校出身者の沖縄配置」「護郷隊の少年兵」「波照間島民の戦争マラリア」などは、今年5月に出版された川満彰「陸軍中野学校と沖縄戦」(吉川弘文館)に詳しく載っています。

著者は、名護市教育委員会文化課市史編さん係の川満彰さん。映画にも登場していました。映画館で本を販売していたので購入しました。
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前半の「護郷隊」の内容については、時間制限がある映画よりも川満さんの著書の方が詳しいと感じました。しかし、戦争当時の様子、当事者や遺族の証言は、映像・音声の方が生々しく心に伝わってきます。

多数の住民をマラリアへ追い込んだ波照間島の陸軍中野学校出身者の話など、映画後半の大矢監督の取材の掘り下げに感心しました。新たな証言を引き出し、強制移住とマラリア地獄、住民の相互監視と「スパイ」殺害の悲劇などを描いていきます。

多くの住民を死に追い込んでいった青年将校たちの思想と行動、その背後にある軍隊の本質を、三上監督と大矢監督が厳しく追及します。その描き方は、川満さんの著書とは違うものもあります。

日本軍の計画によれば、仮に本土決戦となれば、本土でも同じことを行なう考えでした。「軍隊は住民を守らなかった」という実態がよくわかるドキュメンタリー映画です。千葉県でも自主上映会があればと思いました。



初めて行った「ポレポレ東中野」
by takashi_tanioka | 2018-09-14 23:30 | 憲法・人権・反戦平和 | Comments(0)
八千代市の高津山観音寺での「関東大震災95周年慰霊祭」と合わせて開催された企画展「証言の関東大震災-過去は死なない」では、様々な証言記録が紹介されていました。

そのうち、2人の議会人の証言について、展示の写真を掲載します。(追記:9月議会の一般質問で、2人の証言を読み上げました。)

証言者の一人・渡辺良雄さんは、震災当時、船橋警察署巡査部長でした。その後、船橋警察署長、千葉市助役をへて、千葉県議会議員を務めました。
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証言者の一人・会沢泰さんは、震災当時、陸軍騎兵第14連隊本部書記でした。戦後、習志野市議会議員を務めました。
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陸軍習志野支鮮人収容所(捕虜収容所)から朝鮮人の一部が引き出され、周辺地域(習志野・八千代)で惨殺されたのは、「流言蜚語」を政府が否定し始めてからでした。

「流言蜚語」による混乱で起こったのではなく、収容所内で要注意人物を選別し、騎兵連隊や周辺の村々に引き渡して殺したようです。
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by takashi_tanioka | 2018-09-09 23:50 | 憲法・人権・反戦平和 | Comments(0)
9日、八千代市の高津山観音寺で「関東大震災95周年慰霊祭」が開催されました。高津山観音寺、萱田山長福寺、高津区特別委員会、千葉県における関東大震災と朝鮮人犠牲者追悼調査実行委員会の共催でした。

私は初めて参列しました。下の写真は、高津山観音寺境内の「関東大震災朝鮮人犠牲者慰霊の碑」です。
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関東大震災時、陸軍習志野支鮮人収容所(捕虜収容所)に収容された朝鮮人の一部が、収容所から騎兵連隊や周辺の村々へ引き渡され、惨殺されました。

八千代市高津区では、1998年に地域住民と追悼調査実行委員会が6体の遺骨を発掘。翌年、地域住民、観音寺、追悼調査実行委員会が共同で、観音寺に慰霊碑を建立して遺骨を安置したそうです。
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午前10時から観音寺境内にて、追悼調査実行委員会による学習会。まず、立教大学立教学院史資料センターの宮川英一さんが「関東大震災と本会の経緯」のテーマで報告しました。
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次に、東京成徳大学日本伝統文化学科の小薗崇明さんが「企画展『証言の関東大震災』のねらい」のテーマで報告しました。
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午後の慰霊祭に先立ち、鎮魂の舞が演じられました。今年は韓国からの参列者があり、例年よりも多い人数の慰霊祭になったそうです。
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開式梵鐘・黙とうの後、千葉県における関東大震災と朝鮮人犠牲者追悼調査実行委員会代表の吉川清さんが主催者あいさつをしました。

あいさつによると、この地の事件が一般に知られるきっかけとなったのは、習志野市立第四中学校の生徒(郷土史研究会)の聞き取り調査と文化祭発表だったそうです。
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献花の後、読経と焼香が続きました。日本共産党習志野市議団と八千代市議団も献花しました。

閉式後、周辺地域の供養塔の巡拝供養が行なわれました。私は別の会議があり、焼香の後、船橋市へ向かいました。会議終了後、八千代市へ戻り、大和田シード(民間の集会施設)の企画展に行きました。

大和田シードにおける企画展「証言の関東大震災-過去は死なない」では、様々な証言記録が紹介されていました。
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朝鮮人虐殺の文献・証言の資料で場所が特定できている場所に印がつけてあります。習志野・八千代の虐殺は主に習志野収容所の周辺地域でした。習志野市内では、「大久保公民館の裏(当時は墓地)」「実籾の火葬場」「習志野騎兵連隊の営庭」などの証言記録が残っています。
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9月第1週が船橋市馬込の追悼式、第2週が八千代市高津の慰霊祭と毎年続いています。来年以降もいずれかに参列したいと思うとともに、習志野市でも独自の追悼行事が必要ではないかと考えさせられました。

by takashi_tanioka | 2018-09-09 23:40 | 憲法・人権・反戦平和 | Comments(0)

日本共産党市議としての活動日誌をメインに、日々の思い、家族のこと、研究活動などをご紹介します。


by takashi_tanioka